お薬について
アトピー性皮膚炎について
アトピー性皮膚炎とは、かゆみを伴う湿疹や皮膚の赤みが、良くなったり悪くなったりを繰り返す病気です。気管支喘息やアレルギー性鼻炎を併発しやすいと言われています。症状には改善と悪化の波があるため、治療の目標は日常生活に支障のないレベルまで症状を軽くし、できるだけその状態を長く維持していくことになります。治療に使われる薬としては、皮膚の乾燥を防ぎバリア機能を高める保湿剤や、炎症を鎮めるステロイドの塗り薬が代表的なものになります。その他に、過剰な免疫反応を抑制するタクロリムス製剤やJAK阻害剤の塗り薬なども用いられます。最近では新しい薬剤も登場し、JAK阻害剤の飲み薬や、自宅で使用できる注射剤など効果の高い薬も利用できるようになりましたが、自己負担額がその他の治療薬と比べて非常に高くなることから、容易に使いづらい状況にあります。医師と相談して最適な治療法を選択することが重要です。
アトピー性皮膚炎に使用される薬
保湿剤
ヘパリン類似物質(ヒルドイド®︎)など。保湿作用によりかさつきや乾燥を抑え、皮膚のバリア機能を回復させます。保湿剤単独では炎症を抑える効果はないので、かゆみや赤み、湿疹がある部位にはステロイドなど他の塗り薬と一緒に使用します。
ステロイド外用薬
かゆみや赤みなどの炎症を抑える効果があり、アトピー性皮膚炎治療の中心となるものです。効果の強さにより5段階に分類され、症状の度合いや部位に応じて適切な強さの薬が使用されます。顔や首、陰部などの皮膚が薄い部位に長期間使用すると皮膚萎縮などの副作用を生じることから、炎症が落ち着いてきたら使用回数を減らしたり、タクロリムス軟膏(プロトピック軟膏®︎)やデルゴシチニブ軟膏(コレクチム軟膏®︎)などに切り替えながら治療していきます。
タクロリムス軟膏(プロトピック軟膏®)
ステロイド同様に炎症を抑える効果があり、16歳以上に使用される0.1%成人用と2歳〜15歳に使用される0.03%小児用があります。ステロイドのような皮膚萎縮などの副作用が起きにくいため、顔や首によく使用され、ステロイドによる治療で炎症が落ち着いたら、こちらに切り替えて良い状態を維持するために比較的長期間使用を継続します。使用初期に皮膚のヒリヒリやかゆみなどの刺激を感じることがありますが、1週間程度で慣れてきて気にならなくなることが多いです。しっかり保湿した上で使用すると刺激を和らげることができ、体が温まると刺激を強く感じることが多いので、使い始めは入浴後に塗るのは避けた方がいいでしょう。
デルゴシチニブ軟膏(コレクチム軟膏®)
ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤と呼ばれる2020年1月に承認された新しい薬で、過剰な免疫反応を抑えて炎症を鎮める効果があります。プロトピック軟膏と同様に、長期間使用しても皮膚萎縮などの副作用が起きにくいため、ステロイドによる治療で炎症が落ち着いたら、こちらに切り替えて良い状態を維持するために比較的長期間使用を継続します。プロトピック軟膏と比較して使い始めの刺激が少ないですが、顔に使用した場合はニキビが増えてくることがあります。
ジファミラスト軟膏(モイゼルト軟膏®︎)
2022年6月に発売になった新薬で、ホスホジエステラーゼ4(PDE4)阻害剤と呼ばれる新しいタイプのアトピー治療薬です。ステロイドや他の塗り薬と働き方が違うことから、アトピー治療の新たな選択肢の一つとして期待されます。臨床試験の段階では、低頻度ではありますが色素沈着障害や毛包炎などの副作用報告がありますので、使用中に気になる症状がでてきた場合は、医師か薬剤師にご相談ください。
デュピルマブ(デュピクセント®)
アトピー性皮膚炎のかゆみや炎症の原因となる物質を抑える注射薬で、今までの治療法で十分な効果が得られない15歳以上の方が対象となります。初回は2本を注射し、その後は2週間ごとに1本を注射します。医療機関で注射を受けることもできますが、薬の使用や管理に問題がない方であれば、ご自宅で自己注射することもできます。治療費の自己負担額が高額になりますので、高額医療費の対象となる場合があります。塗り薬を中心とした既存の治療法では改善がみられない場合に使ってみたい方は、医師に相談してください。
治療の流れ
塗り薬で治療する場合には、かゆみや炎症が強い部分にはステロイドを使用して炎症をしっかり抑え、症状が改善したら顔や首はタクロリムスやデルゴシチニブに、体は弱めのステロイドや保湿剤に切り替えていきます。一旦症状が落ち着いても、時季や生活環境の変化などによって必ず増悪してくるため、医師の指示に従って塗り薬を続けましょう。定期的に増悪を繰り返す場合には、間欠的にステロイドを使用しながら(例:週に1〜2回程度を症状に合わせて調節)、保湿剤を中心に良い状態を維持していくプロアクティブ療法が推奨されています。症状が増悪してしまってから強めのステロイドによる治療を行うリアクティブ療法よりも、プロアクティブ療法の方が良い状態を維持できて、ステロイドによる副作用も起こりにくいと言われています。イメージとしては、激しい火事が起こってから消火活動を始めるのがリアクティブ療法であり、それに対し火種がくすぶっている段階で火事を起こさないようにするのがプロアクティブ療法となります。塗り薬は薄く塗り広げてしまうと十分な効果が得られなくなるので、適切な量をしっかり塗ってください。目安としては肌にてかりが残るくらいで、ティッシュが張り付くくらいが適量です。塗り薬の使い方のページも参考にしてください。
ステロイド剤について
ステロイドの塗り薬は、以前からアトピー性皮膚炎治療の中心を担っている大事な薬ですが、「ステロイドは怖い」、「副作用が多い」などのイメージがあり、できるだけ使いたくないという患者さんも一定数いらっしゃいます。ネットなどで検索すると、「皮膚が黒くなる」、「顔がむくんで丸くなる(ムーンフェイス)」、「一度使うとやめられない、やめると症状が悪化する」など様々なことが書かれていますが、これらはアトピー性皮膚炎によって起こる症状(例:色素沈着)や、アトピー性皮膚炎自体の増悪に伴う症状とステロイドの副作用が混同されていたり、ステロイドの飲み薬によって起きる副作用がステロイドの塗り薬を使うことによっても起きると勘違いされていたりするものが多いです。もちろん、ステロイドの塗り薬は薬の強さや部位、使用期間などを守らずに長期間使用を続けると副作用を引き起こす場合があります。だからこそ、皮膚科専門医に定期的に受診して皮膚の状態を診てもらいながら、正しく薬を使えているかチェックしてもらう必要があります。
ステロイドは副腎で作られるホルモンの一種であり、生体の様々な機能を調節するために働いています。つまり、薬として特別に存在しているわけではなく、元々体内で働いている物質の一つです。薬として使われているステロイド剤には、元々生体で作られているものと同じものもありますし、より効果が高くなるように化学構造を変換したものも使用されています。ステロイドが使われる病気は多岐に渡り、数日間の短期間の使用で改善するものもあれば、数年単位に渡って使用が必要になるものもあり、また使用量も副作用がほとんど起きない量での使用から、医師の厳密な指導のもとで使用するべき大量な服用が必要な場合もあります。このように、使用量や服用期間が様々であり、飲み薬と塗り薬の違いもありながら「ステロイド」という一括りで扱われることが様々な誤解を産む原因の一つと考えられます。
- 参照
- ステロイドの塗り薬で起きうる副作用
- 皮膚が委縮して薄くなる、毛細血管拡張、酒さ様皮膚炎、緑内障 など
- ステロイドの飲み薬で起きうる副作用
- 顔のむくみ(ムーンフェイス)、高血圧、骨粗鬆症、成長阻害 など
アトピー性皮膚炎治療では、起きている炎症をできるだけ早く鎮めることが重要であり、炎症を鎮めるステロイドを使用しない、または効果不十分となるような中途半端な使用を続けることが、治療を長引かせる原因となることがあります。アトピー性皮膚炎治療の最新のガイドラインである、日本皮膚科学会と日本アレルギー学会が共同で発表している「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021」でも、ステロイド外用剤は軽症〜重症のアトピー性皮膚炎において、第一選択の薬剤として挙げられており、治療の要となる薬と言えます。ステロイドの塗り薬はその効き目の強さから5段階に分類されており、症状に応じて使い分けられます。また、症状がある部位によって皮膚の厚さや薬の吸収度合いが異なるため、症状に合わせて適切な強さの薬を使用することがより良い治療へとつながります。
症状の改善度合いによってステロイドからプロトピック軟膏®︎やコレクチム軟膏®︎など他の薬への切り替えや、ステロイドの使用頻度を徐々に減らして最低限の使用で皮膚の良い状態を維持していくプロアクティブ療法への移行など、薬の強さや種類などを適切に調節していくので、皮膚科専門医の指導のもとであれば安心してご使用いただけます。アトピー性皮膚炎に悩む患者さんの気持ちや治療に対する不安につけこみ、脱ステロイドを謳う治療法や、医学的な根拠のない民間療法など、高額な医療費を請求するアトピービジネスが世の中には溢れています。しかしながら、先にも述べた通り現時点での最新のガイドラインにおいても、ステロイドの塗り薬はアトピー性皮膚炎治療の第一選択であり中心となるものです。どの治療法を選択するかは患者さんの意思にはなりますが、信頼できる皮膚科専門医のもとで納得して治療に臨んでいただき、症状が落ち着いた生活を送っていただければと思います。