お薬について

保湿剤について

皮膚は、外界から体内へ細菌やアレルゲンなどの異物が侵入するのを防いだり、体内から水分が蒸発するのを防ぐバリア機能を有していますが、傷や乾燥などによる皮膚構造の損傷があると、バリア機能は著しく低下してしまいます。最近では、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーの発症にも皮膚バリア機能の低下が関連すると言われており、特に乳児期からの保湿による皮膚バリア機能の維持が重要と考えられています(経皮感作の項を参照)。保湿剤には、皮膚に潤いを与えるもの(ヘパリン類似物質、尿素配合物質など)と、皮膚を保護して水分の蒸発を防ぐもの(白色ワセリンなど)があります。いずれも特徴をよく理解し、部位や時季に応じて適切に使い分けることで、保湿効果を十分に発揮することができます。

代表的な保湿剤

皮膚を保護して水分の蒸発を防ぐもの

種類特徴
ワセリン(プロぺト)刺激が少なく、唇や目にも使用することができます。皮膚をしっかりとコーティングして保護しますが、べたつくことがあります。極度に乾燥した肌には、潤いを与える保湿剤を塗布してから重ね塗りすることをお勧めします。
親水クリームべたつきが少なく、水で洗い流せます

皮膚に潤いを与えるもの

種類特徴
尿素製剤(パスタロン)角質を軟らかくする効果があるため、かかとなど皮膚がぶ厚く、硬くなった部分によく使用されます。二の腕のザラザラした状態(毛孔性苔癬)にも有効です。傷や炎症がある場合は、刺激を感じることがあります。
ヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイド)持続的な保湿効果があり、様々な剤形があります。

ヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイド®など)の剤形と特徴

ヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイド®など)には軟膏、クリーム、ローション、フォーム、スプレーと様々な剤型があります。軟膏は、皮膚に対する刺激が少ないため、傷やジュクジュクなど皮膚の状態を問わずに使用しすることができます。ただし、油分が多いため、ベタつきやてかりが問題となることがあり、水だけでは洗い流しにくいです。クリームは、ベタつきが少なく、水で洗い流せます。ただし、傷やジュクジュクしている部分には、刺激となりかぶれてしまうことがあります。ローションは、延びがよく、塗りやすいです。ベタつきが少なく、頭皮など毛が生えている部位にも使うことができます。先発品のヒルドイドローションは、白色の乳液、ジェネリックのヘパリン類似物質ローションは、化粧水のようなさらりとした使用感です。フォームは、油分を含まないためベタつきが少なく、延びがよいので広範囲に使用しやすいです。スプレーは、広範囲に使用しやすく、手が届きにくい背中等にも使用しやすいです。

薬の剤形と特徴

保湿剤の種類や剤型の傾向

保湿剤の種類や剤型の傾向として、油分が多くベタつきがあるほど、皮膚にしっかり貼りつくので、保湿力は高くなります。油分が少なくなると、延びがよくさらりとした使用感になりますが、皮膚への貼りつきは弱くなり、汗で流れやすくなるため、保湿効果は長続きしにくくなります。以下を参考に、好みにあった、使いやすいものを医師に処方してもらうとよいでしょう。

種類や剤型の傾向

季節による使い分け

気温、湿度が高く、汗をかきやすい時季は、ベタつきが少ないローションやフォーム、スプレー、乾燥する時季は油分の多い軟膏がおすすめです。クリームは年間を通じて使用しやすいです。お子さんがベタつくのを嫌がる場合には、さっぱりしたローションやフォーム、スプレーがよいでしょう。

部位による使い分け

背中など広範囲に塗る場合は、スプレーや延びが良いローション、フォームがよいでしょう。手洗いや消毒を繰り返し行い、手荒れしやすいコロナ禍においては、水で流れにくい軟膏が最も被覆性が高く、ベタつきが気になる場合はクリームを繰り返し塗るとよいでしょう。また、顔や首などてかりが気になる部分や、他の化粧品や日焼け止めなどを一緒に使用する部分には、油分が多い軟膏よりもクリームやローションなどの方が使いやすいでしょう。

時間帯による使い分け

忙しい朝の時間帯は、延びが良く短時間で塗れるローションやフォーム、スプレーを、比較的時間に余裕がある入浴後は、しっかり保湿ができるヒルドイドクリームやヒルドイドソフト軟膏というふうに基剤の異なる保湿剤を使い分けるのもよいでしょう。

保湿剤使用のポイント

➀肌のシワに沿って塗る
肌のシワは横方向に走っているため、保湿剤を塗るときは、縦方向に塗るよりもシワに沿って横方向に塗る方が浸透が良く、より効果が発揮されます。
②入浴後早めに塗布を
入浴後は皮膚が水分を含んでいるので、早めに保湿剤を塗ることで、皮膚に残った水分を効率よく被覆できます。できれば入浴後10分以内に塗るのが理想的ですが、忘れた場合にはそれ以外の時間帯でも構いませんので、指示された回数をしっかり塗ることが大切です。
ポイント

経皮感作について

体内に細菌やウイルスなどが侵入すると、体は免疫の機能によりそれを体外に追い出そうとします。免疫機能は、体にとって有害なものから身を守るために重要なものですが、本来なら害のない食物や花粉などに対しても過剰に免疫が反応してしまうことを、アレルギーと呼びます。アレルギーの原因となる物質(アレルゲン)を異物と認識し、次に、体内に侵入してきたときに免疫機能が働くように事前の準備が整うことを、感作と呼びます。以前は、アレルゲンとなる食べ物を口から摂取することで感作が起こると考えられていたため、赤ちゃんにアレルゲンとなる食べ物を食べさせない、離乳食の開始時期を遅らせる、お母さんが妊娠中や授乳中にアレルゲンとなる食べ物を摂らないようにするなどの対策が取られていましたが、これらは食物アレルギーの発症には関係せず、むしろ口から摂取した食物に対しては、過剰な免疫反応を起こさないように働くことがわかってきました(免疫寛容)。

アレルギーは、バリア機能が壊れた荒れた皮膚からアレルゲンが体内に侵入し、それを異物とみなして感作を引き起こすことで発症します(経皮感作)。乳児期や幼児期の口まわりの肌荒れは、食物アレルギーの原因となり、全身の乾燥肌はダニやハウスダストなどのアレルギーの原因となります。十数年前に茶のしずく石鹸を使用した方が小麦アレルギーを起こした事例が多数報告され、社会問題化しました。この原因は、茶のしずく石鹸に含まれている加水分解小麦が、洗顔をするたびに肌から体内に侵入し感作され、小麦アレルギーを発症し、小麦が含まれる食品を食べると痒みや発疹、息苦しさを引き起こすというものでした。他にもピーナッツ油やマカダミアナッツ油が含まれている化粧品を使用したことで、ナッツアレルギーを発症したという報告もあります。離乳食の際は、食物アレルギーが心配でも過剰な除去は行わず、医師の指導のもと少量ずつ摂取を試みて免疫寛容を誘導すること、食物の成分を肌に塗ることは経皮感作を引き起こしうるため避けること、これらが今の食物アレルギーの基本的な考え方となっています。

ポイント

正常な皮膚は、外界の異物を体内に通さないバリア機能を有していますが、かぶれや湿疹、傷などによりそれが壊されると、異物が容易に体内に侵入してしまいます。2014年に国立生育医療研究センターにおいて行われた研究では、新生児期から適切に保湿剤を使用することで皮膚のバリア機能が維持され、アトピー性皮膚炎の発症リスクが3割以上低下することが示されました(J Allergy Clin Immunol 2014; 134:824–830.)。一旦、アトピー性皮膚炎を発症すると、皮膚の炎症によるバリア機能の低下から食物アレルギーの発症リスクが上昇し、気管支喘息やアレルギー性鼻炎などその他のアレルギー性疾患の発症が連鎖的につながるアレルギーマーチと呼ばれる状態になります。アレルギー性疾患の発症には、体質などの遺伝的要因や、その他の環境的要因などが複雑に関係していますが、保湿をはじめとしたスキンケアをしっかりと行うことが、治療のみならず発症予防においても非常に重要です。

ポイント